紅色天井艶妖綺

【雷王】
「……目が覚めたのだな、藍丸」

見なくても、それが誰なのか分かっていた。
藍丸は自然と声のする方へと顔を向ける。

【藍丸】
「……雷王」

藍丸は雷王の膝に頭を乗せて横たわっていた。

雷王の脚は硬く逞しくて、下手に動くと落ちてしまい
そうなのに、不思議とそうはならない。

【藍丸】
(……なんだ、こいつの身体だったのか)

そう知れると先ほどまで感じていた心地の悪さは
不思議と消え、ただ無条件の安堵感を藍丸に与えた。
獣を思わせる、しなやかな筋肉の温かさ――。

【雷王】
「……汗で前髪が張り付いていたからな。
鬱陶しくては眠りの妨げになると思った」

【藍丸】
「? ……あ、ああ。……ははっ……」

こちらが怒っているわけでもないのに、
雷王はなにやら取り繕おうとしていた。

そんな様子が珍しくて、藍丸の頬に笑みが浮かぶ。が、

【藍丸】
「……いてっ!」

【雷王】
「っ、藍丸!?」

身体を起そうとした途端に頭痛が襲う。

乱暴にこめかみを押さえて絶えていると、
雷王が払ってくれた前髪が再び汗を吸って指に絡んだ。

【雷王】
「――まだ無理はしない方がいい。休んでおけ」

柔らかい笑みで、藍丸の前髪を手櫛で梳く。

髪を整えられているだけなのに、ただそれだけで、
藍丸は不思議と痛みすら和らげられている心地になる。

【藍丸】
「ん……ぅ……」

気持ちよさに目を閉じる。と、藍丸の心を汲んでくれた
のか、雷王は長い指でしばらく髪を梳き続けた。

【雷王】
「布団で休みたいなら、すぐに用意するが」

【藍丸】
「ん、このままでも別にいい。
……けど、何でわざわざ膝枕なんか?」

どれくらいの間、こうしていたのだろうか。

長い間この状態なのだとしたら、
雷王だって相当脚にきているかもしれないが。

【雷王】
「ふむ、知りたいか?」

手を止め、雷王は何故か微笑みを含んだ表情で尋ねる。

そんな保護者然とした顔を見てしまうと、
妙に嫌な予感もするのだが……。

しかし、知らないと後々後悔しそうなので、
ここは素直に頷いておいた。

【藍丸】
「……なんだよ」

【雷王】
「お前が夢現で、“膝枕”と所望したのだ」

【藍丸】
「はぁ、俺が膝枕って……、……ぇ、ええっ……?」

一歩遅れて理解すると、じわじわと羞恥に顔が染まった。

そんな藍丸を、雷王はただ目を細めて見下ろしている。

嬉しそうな彼の表情こそが、
藍丸にとっては何よりの不意打ちだった。

【藍丸】
「な……お、俺がそんな巫山戯たこと言う訳ねぇだろ!
もう餓鬼じゃあるまいし……」

確かに幼い頃は、雷王によく膝枕もしてもらっていた。

成長してからはご無沙汰していたが、
最後にこうしてもらったのはいつだっただろうか。

【雷王】
「? 違ったのか……
確かに聞いたのだがな、“膝枕”と」

【藍丸】
「偶然だ偶然。
たまたま『ひ』と『ざ』と『ま』と『く』と『ら』が
続いたんじゃねぇか?」

【雷王】
「ほぅ、それはまた随分な偶然だな」

【藍丸】
「ああ……随分な偶然だ」

苦しい言い訳だと思いながらも、
自分自身に覚えがないのだから他に言い様もない。

素直に認めては、未だに膝枕を恋しがっているようで、
それではあまりに癪だ。

【雷王】
「ふっ……病み上がりに怒らせてすまなかったな」

【藍丸】
「……怒ってねぇ」

今はあまり顔を見てもらいたくないものの、
この体勢ではどうしても雷王にさらけ出さざるを得ない。

とりあえず目を伏せて何でもない振りをすると、
……あの温かい指が再び頭を撫でてくれた。

【雷王】
「どうする。いつもの枕を取ってきてやろうか」

【藍丸】
「っ……」

上から顔を覗き込み、藍丸の様子を伺う。

油断していたところに雷王の不用心な顔が近づき、
妙に緊張してしまう。

【藍丸】
「いい……お前が辛くなければ、だけどな」

【雷王】
「そうか」

言ったきり、雷王は再び髪を梳き始める。

ここから動くつもりはないのだと、
ごく当たり前のように構えてくれる雷王が、
今はなぜか無性にありがたかった。

【雷王】
「――懐かしいな。
昔はよく、こうしてお前を寝かせたものだ」

【藍丸】
「へっ? ぁ、あー……そうだっけか。時々だろ?」

【藍丸】
(……つか、覚えてたんだな……こいつも……)

先ほど自分が思っていたことを口にされ、
妙に顔が熱くなってしまう。

そんな僅かな違いには気付かないのか、
雷王は穏やかな声で重ねてくる。

【雷王】
「私が覚えている限り、時々ではないな」

【雷王】
「お前は寂しくなる度に私を呼んで
『寝かせてくれ』とせがんだものだ。
……愛らしい子供だった」

【藍丸】
「なっ、何だよそれ」

予期していた以上の恥ずかしさに、顔を横へ背ける。

だが、雷王は珍しく饒舌に続けていた。

【雷王】
「こうして髪を梳いていると、いつの間にか眠っていた。
それが嬉しくて、どれほど時間がかかろうとも
全く苦にはならなかった」

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